○○とわたし

不妊治療記録、猫たちとのお戯れ

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8/22朝日新聞「俺が不妊」・・・苦悩へて見えた光

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こんにちは、わたしです。

今回は新聞記事の紹介です。

 

朝日新聞で家族を考える企画が書かれています。

今回から「産む」編としてシリーズが始まりました。

 

夫婦で不妊治療をしていたが、男性不妊が発覚。

男性には精子のもとになる細胞がなく、治療をしても妊娠できません。

妻は、別の医療施設を探し出して治療をするが結果は出ず、不満が募りとうとう離婚してしまいます。

 現在男性は再婚し、夫婦で精子提供を受ける準備を進めているそうです

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わたしたち夫婦の不妊の原因はわたしにあったわけですが、今のところ主人は子どもが作れることより、わたしと一緒にいることを選んでくれました。

今のところ体外受精という手段が残されていますが、その希望さえ失われたらどうなってしまうのでしょうか。

一生涯子どもがいない未来のことも頭の片隅に置いておくべきだなと思いました。

 

 

 

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さくらももこさんがお亡くなりになりました。

急逝でとても悲しいです。ずっと闘病されていたのでしょうか。

小学生の頃からさくらももこさんのエッセイを読むのが好きでした。

妊娠出産についてかかれた「そういうふうにできている」は便秘の話が痛烈に記憶に残っています。(挿絵まで・・・)

便秘にたいしていきむと赤子が出てきそうだから、腸に対してだけ力を入れるというなんとも大変そう・・・。

1時間半かけて戦ったと書いてあったのを覚えています。

 

そういうふうにできている (新潮文庫)

そういうふうにできている (新潮文庫)

 

 あとは、わたしにユザワヤを教えてくれた「まる子だった

このシリーズの表紙はボタンやビーズ、チロリアンテープが使われていて超絶かわいいのです。

 それぞれの材料をユザワヤで大量買いしたと書いてあって、地方在住のわたしはユザワヤに憧れをもっていました。

その何年後かに武蔵野市で学生時代を過ごして吉祥寺のユザワヤに行ったり、社会人になってからは職場が蒲田だったため蒲田のユザワヤで結婚式のもろもろを用意したのでした・・・。

この本は生まれて初めて定価で買った単行本でした。

まる子だった (集英社文庫)

まる子だった (集英社文庫)

 

「ももこのおもしろ健康手帖」と言う本をだしているくらい健康オタク(飲尿は衝撃的)だったのに、乳がんだなんて。

 

ももこのおもしろ健康手帖

ももこのおもしろ健康手帖

 

 

TARAKOさんのメッセージを読んで、かなしくて泣いてしまいました。

 

さくらももこさんのご冥福をお祈りします。